ご挨拶
両親が裸一貫で起業し始めたシェルパは、皆様に育てられ50年を超えて時を刻んでいます。これまでお支えいただいた方々、今を共に生きている方々に深く感謝いたします。
ありがとうございます。
創業以来、登山用品店を軸に自然が好きな仲間を募り、登山活動や子どもキャンプ、登山知識を生かした災害ボランティア活動をシェルパの生き方として実践してまいりました。
登山用品販売店舗、アウトドア体験のお手伝いをする旅行事業、皆様をフィールドへご案内するバス事業に加え、より自然に近い場所でフィールド情報を発信するフィールドショップを展開。また、九州を代表するくじゅう連山の麓では、登山者の安全と利便性を高めるお手伝いをすべく、宿泊事業も行っています。
また、地域の自然に合った観光推進事業や防災対策事業も展開しており、自治体との協定を結んでいます。環境創造と未来予想図を提案するコンサルタントやイベント運営など、九州の枠に留まらず仕事をしています。
2020年、新型コロナウイルスが流行した際に、アウトドア情報誌「ROUTe」を創刊いたしました。情報誌では、自然に寄り添う暮らしや旅、環境変化、環境保全活動を取り上げています。
皆様からの教えにより活動エリアを広げてまいりました。海外との往来が再開した今、世界の一員として生きていくため、コーポレートマークをアルファベット表記に変更することといたしました。活動エリアに縛られることなく、「自然交流人口の拡大」「自然環境保護活動」を、地域と共に取り組みます。
自然と人が近くなれば、「平和」と「地球環境」の維持への大きな力になると信じています。創業当時からの基本理念「自然と共に共育・共生」を私達シェルパの文化として、大きな志を持ち歩み続けます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
株式会社 シェルパ
代表取締役 阿南大吉
創業者挨拶
みなさまと共に歩き「共育・共生」が私の願いです。
私が初めて山に登ったのは15歳の夏、久住山でした。
当時、「登山をしたい」と思って登ったのではなく、叔父に連れられて荷物持ちで登った事がきっかけです。
しかし、その時の印象は山頂からの眺めや景色が良いという事への感動ではなく、行き交う人達が交わす挨拶に感動したことを今でも鮮明に記憶しています。
見知らぬ人が「こんにちは、頑張ってください」と声かけることに感動したことが私の登山の第一歩でした。
それからは休みになると豊肥線一番列車に乗って阿蘇駅まで行き阿蘇高岳、根子岳そして横断バスで久住山へと通い、登山仲間もでき青春時代は登山で明け暮れました。
23歳の時にバングラデシュやインドなど東南アジアに行く機会があり、そこで見たものは明日の食べ物がなく路上で死んでいく人達がいる現実でございました。
食べれるものを食べ残したりのこれまでの自身の生活に、大きな反省と「これでいいのか」と自問自答する年月が過ぎましたが、悩んだ結果どうしても自分の生きる証を残したいと思い、勤めていた会社を辞めることにしました。
しかし辞めても何もできず、自分に出来るものは山を皆さんと一緒に歩かせていただくことだと「世界の登山道具と企画の店シェルパアナン」として25歳の10月10日に小さな登山専門店を開店しました。
わずか5坪の店、山仲間のみなさんと共に作った店。
その時、結婚もし第2の人生がスタートしましたが食えない日々が続きました。しかしそんな時も山仲間に助けられ、支えられてどうにか食いつないできたことでした。3年ほどして10坪の店を借り「シェルパアナン」から「シェルパ」に変更しました。
なぜならば、文字が多いと印刷代が高くなるからと短くしたものでした。それから間もなく20坪の店を借り、登山用品店らしくなりました。15年経ち現在の新屋敷1丁目に50坪の店をお借りしました。
遠征登山も国内から海外登山まで行くようになりました。
海外の山も出かけますが私は山頂に立つことよりも、その地で生活している人が好きで同じ山を何回も訪ねています。シェルパの故郷ネパールは毎年訪ねています。
創業40周年で代表を退き、息子の大吉・志武喜に「シェルパ」をお願いしました。
しかし今も変わらない願いは「自然と共に育ち、共に生きる、“共育・共生”」の基本理念です。
今でも毎朝心からの感謝を込めて、「昨日までのお礼」「今日の出会い」「明日へのチャレンジ」を唱和します。
5坪のシェルパをお支えいただいた方のおかげで今日の「シェルパ」があります。また今日までに、たとえ1回でもシェルパにお越しいただいた方々のおかげで今日があります。そして今日新しい朝を迎えます。今日おいでいただくみなさまが明日へとつなぎます。
あなたに出会えたことが私の生きている証として今日があります。これからも生涯、「生きている証」を残してまいります。
皆さまのお支えに心より感謝申し上げます。
阿南誠志